高濃度ビタミンC点滴は、ノーベル賞を受賞した科学者であったライナス・ライナスポーリングによって基礎が敷かれた療法といっても過言ではありません。

ポーリングの研究分野は、量子力学や化学、分子生物学、免疫学など多岐に及びました。天才的な科学者であったポーリングは、分子構造や結晶構造の解明にも傾倒しました。彼が受賞した1つ目のノーベル化学賞は、「複雑な高分子タンパク質の構造を解明したこと」に対して授与されました。

また、ポーリングは、1940年代よりビタミンが生体にどのように関与しているかに着目し、様々な研究活動を推進していきました。

多種多様な栄養素の中で、ビタミンCは「欠乏症を予防するだけの栄養素」として、あまり重要視されていませんでした。しかし、ポーリングは従来のビタミンCに対する認識をさらに深く掘り下げていきました。

ポーリングは仲間の科学者らとの研究を続け、ビタミンCに優れた効果があることを見いだしました。

そして、「ビタミンCを基準値を大幅に上回る用量で摂取する事で、体の機能を正常なレベルで調節し、自然治癒力を強化することができる」という、センセーショナルな仮説を提唱したのです。

しかし、ポーリングが提唱したアイディは、科学や医学の主流からは、好意的に受け止められなかったようです。

ビタミンCについて研究していた人々

高濃度ビタミンC点滴やビタミンCのサプリメントによる治療法を学ぶにおいて、ポーリングの名前は必ず登場します。特に、ビタミンCの臨床応用(風邪予防やがん治療への適用)については、ライナス・ポーリングが第一人者であると紹介されることが多いようです。

しかし、ポーリングよりも先駆けて、「ビタミンCが生体に及ぼす影響」に着目し、研究を行っていた科学者たちが多数存在していました。

ポーリング自身がビタミンCの研究を行うにあたり、先人達の文献や研究データを参照することで、ビタミンCの有用性を探るヒントやエビデンスを収集したことがわかります。

ポーリングが参照・引用した膨大なデータの中には、下記の文献などがあります。

1753年 ジェームズ・リンド医師 「壊血病に対する柑橘類の有効性」
1983年 サイモン・ラスキン  「アスコルビン酸カルシウム塩注射による風邪予防」
1968年 エドメ・レニエ医師  「アスコルビン酸の大量投与が風邪予防に有用」

ポーリングが、風邪予防や病気の治療に対するビタミンCの有効性に気づき始めたころ、以前からビタミンCの研究を進めていたアーウィン・ストーンからタイミング良く手紙を受け取ったことで、ポーリングのビタミンC研究を強く後押ししたことは有名なエピソードです。

ストーンからの手紙には、ストーンが30年かけて研究開発した「ビタミンCによる健康法」が記載されていました。

ライナス・ポーリングとエイブラハム・ホッファーとの出会い

この頃ポーリングは、カナダのエイブラハム・ホッファーとハンフリー・オズモンドが、統合失調症の治療に大量のナイアシン(ビタミンB3)を用いていることを知るようになります。

ホッファーらは、ナイアシンの欠乏によって生じる「ペラグラ」を予防するのに足りる標準量をはるかに上回る量のナイアシンを用いて、統合失調症の治療にあたっていました。ナイアシンの標準摂取量の数百倍にも及ぶ量を治療で使用していました。

ビタミンCを高用量用いることに引き続き、ナイアシンの大量投与による治療が一定の効果を上げていることを受けて、ポーリングは確信を得ました。

ある種のビタミンを大量摂取する事で、心身の健康状態が改善・向上される

ライナス・ポーリングによるオーソモレキュラー精神医学の樹立

ポーリングは、アーサー・ロビンソンとの共同研究を経て、1968年に “Orthomolecular Psychiatry” (オーソモレキュラー精神医療) 発表するに至ります。

加えて、スコットランドのがん外科医であったユアン・キャメロンと共に、末期のがん患者に対する高濃度ビタミンC点滴とビタミンCの経口投与を行う実験を実施しました。

この頃、ポーリングは「がんとビタミンC」 を出版しています。しかし、またしても、当時の科学・医学会の一大騒動となりました。

分子整合栄養医学やオーソモレキュラー医学の世界では、折に触れてポーリングの名前が登場します。しかし、彼の研修成果の陰には、数多くの研究者たちが存在していました。

ビタミンC以外の研究分野においても、ポーリングに関するエピソードは尽きません。

  • ポリング自身が紛れもないオールマイティーな化学者であった事
  • ノーベル賞を2度も受賞した天才であった事
  • 風邪や癌に対するビタミンCの有効性を説く過激な書籍を執筆した事
  • 栄養学の権威や医学界・科学のメインストリームから疎外され続けてきた事

数々のドラマチックな経緯が、「オーソモレキュラー医学といえばライナス・ポーリング!」 という私たちの既存観念をより強固にしているのかもしれません。