第3章 メンタルヘルスにおける栄養の決定的役割

 

脳 —化学工場としての役割

脳化学が複雑であること、そして遺伝子のプロセスが多様性に満ち、様々な異常をおこし得るということを考慮すると、深刻な精神的問題を抱える人口が比較的少ないことに驚かされる。脳がきちんと機能するためには、脳の特定の場所において、適切な濃度の神経伝達物質が存在する必要がある。この複合化学物質は、特殊な脳細胞において酵素反応により持続的に産生されている。例えば、我々の脳内セロトニンのほとんどは脳幹の縫線核(ラッフェ核)で産生され、軸索輸送により脳全体に届けられている。またドーパミンは、黒質や腹側被蓋野(ふくそくひがいや)など、脳の数カ所で産生されている。

第1章で述べたように、脳内における神経伝達物質産生の原料となるのは栄養素、つまりアミノ酸、ビタミン、ミネラル、などの生化学物質である。これらの濃度はほとんどの人できちんとコントロールされているが、遺伝子異常がある人では栄養素不足もしくは栄養素過剰となる可能性がある。この場合、最終的に神経伝達物質の濃度異常を招き、深刻な精神障害を発症する可能性がある。神経伝達物質の濃度異常に対し、向精神病薬が有効な場合もある。しかし、我々が強調してきたように、神経伝達物質の濃度を是正する栄養療法は、効果があるうえに副作用の少ない治療法なのである。

 

データベース研究と早期栄養療法、さらにその先にあるもの:

統合失調症の事例

カナダ人精神科医のアブラム・ホッファーは、統合失調症患者に対する栄養療法の開拓者の1人である。1951年、ホッファーは同僚ハンフリー・オズモンドと共にナイアシン大量投与療法の研究を始め、幻聴などの統合失調症の症状が大いに改善されることを報告した。彼らは6回の二重盲検プラセボ対照試験を行い、ナイアシン投与群で改善が得られたという証拠を示した。報告では、慢性患者よりも若い統合失調症患者において良い治療効果が得られたとのことであった。長年の研究ののち、ホッファーはナイアシン、葉酸、ビタミンB12、ビタミンC、エッセンシャルオイル、そして統合失調症患者のための特別食を組み合わせたプロトコールを提言した。

ホッファーは、統合失調症の発症原因はアドレナリンとアドレノクロム(ドーパミンとノルエピネフリンの分解産物)の濃度上昇にあると考え、これらの脳内濃度の正常化を治療目標としていた。しかし、最新のエピジェネティクス研究から、葉酸とナイアシンにはヒストンのアセチル化を介してドーパミン活性を強く抑制する効果があることが示唆された(第4章参照)。ホッファーの手法により大勢の患者が救われたが、そのメカニズムは、後者であった可能性もある。加えて、ホッファーらはカール・ファイファー博士と協力し、ピロール尿症(pyroluria)もしくはmauve factorと呼ばれる疾患も発見している。これは、統合失調症患者で認められる主要な不均衡状態であり、患者の約20%が合併している。彼らは、ピロール尿症が先天的異常であり、亜鉛とビタミンB6の重度の欠乏を引き起こすことを見出したのである。ホッファーの治療法は世界中に知れ渡り、20年以上もの間、大勢の医師により用いられていた。しかし1973年、アメリカ精神医学会の特別委員会が対照試験の研究論文に関する大規模な検証を行った結果、ホッファーの治療効果の報告は正当性がない、と判断された。この結論は賛否両論をまねき、現在でも議論されつづけている。ホッファーの栄養療法は、主流派の治療法として受け入れられたことは一度もないものの、今でも彼の手法を実践する医師は世界中にいる。また、国際オーソモレキュラー医学会や、Journal of Orthomolecular Medicine 誌は現在でも彼の治療法を支持している。

 

ピロールが精神医学に関与しているのではないかということは、50年以上前に、特定の精神疾患の患者の尿が赤紫色、もしくはmauve色(藤色)をしていることが発見されたのを契機に疑われた。その後、これらの患者が類似した特徴や症状を持っていることが明らかとなり、mauve factorについて活発に研究が行われるようになった。ホッファーとファイファーは、統合失調症患者の20%以上に赤褐色の尿、すなわちmauve urineを認めたと報告した。そして彼らは協力してmauve成分を抽出することに成功し、その正体がピロールであることを発見した。何年も、この化学物質はクリプトピロールであると誤認され、疾患はピロール尿症と呼ばれてきた。しかし、現在ではmauve色の正体がHPL(hydroxyhemopyrrolin-2-one)という化学物質であると明らかになり、ピロールの濃度上昇を認める症候群はピロール病(pyrrole disorder)、もしくはmauveと名付けられている。2006年にはMc Ginnisらがピロール化学、および精神医学におけるその役割について詳細な総説を出版している。

 

ホッファーの初期の研究の影響を受け、著名なアメリカ人医師、カール・ファイファー(MD,PhD)は精神疾患における栄養素の役割について研究を行うようになった。そして1950年代後半、研究病院で働いていたとき、数ヶ月間ほとんど動かない状態にあった緊張症性患者の血液検査に異常値を発見した。ファイファーが患者にアミノ酸、ビタミン、ミネラルが入った点滴を施したところ、患者は1週間以内にほぼ完治した。病院側は、患者が突然歩いたり話したり普通に行動したりできるようになった原因について調査し、患者の回復はファイファーの栄養療法とは無関係であったと結論づけた。しかし患者が自主的に栄養療法を中止したところ、彼は2週間もしないうちに緊張症性の状態に戻った。ファイファーが再び点滴を施行したところ緊張状態は解け、これが何度か繰り返されたにもかかわらず、ファイファーの上司は栄養療法の効果を決して信じなかった。この頃から、ファイファーは医療の主流派とはうまくやっていけないと感じるようになり、精神疾患に対する栄養療法の研究という新しい道を選んだ。その後、ファイファーは徐々に統合失調症に注目し、後にニュージャージー州のスキルマンにプリンストン・ブレイン・バイオセンター(Princeton Brain Bio Center)を立ち上げた。

ファイファーはのべ2万人以上の統合失調症患者を評価し、この疾患に関する世界最大の生化学検査結果データベースを構築した。彼の最も素晴らしい業績は、異なる症状と採血・採尿結果からなる、統合失調症患者のバイオタイプ別分類を発見したことである。この発見は、広く知られていた、統合失調症のなかには複数の異なる精神疾患が含まれるという見解とも一致するものであった。ファイファーは、生化学検査結果と症状を対応させ、それぞれのバイオタイプに対して異なる栄養療法を行うことを提案した。彼は、患者の90%はもっとも頻度の高い3タイプ、すなわちヒスタペニア(histapenia)、ヒスタデリア(histadelia)、ピロール尿症(pyroluria)のいずれかに分類され、さらに他の4%の患者はグルテンアレルギーを持っていると報告した。加えて、より頻度の低い異常である、ポルフィリン尿症、ホモシステイン尿症、甲状腺機能低下症、多渇症なども、統合失調症の症状を引き起こしうると報告した。

ファイファーは、通常幻聴を伴うような、古典的偏執症性統合失調症の原因が、ヒスタミン欠乏(ヒスタペニア)と銅過剰であると考えた。彼はこのような病態に対し、葉酸、ビタミンB12、ナイアシン、亜鉛、および栄養補強剤を投与した。一方、ファイファーの分類におけるヒスタデリア(ヒスタミン過剰症)バイオタイプの患者は、幻視や緊張症性の行動を示し、メチオニン、カルシウム、そしてときに抗ヒスタミン薬で治療された。残りの20%の統合失調症患者は、幻聴と幻視の両方を伴うことが多くピロール尿症バイオタイプに分類された。ファイファーはピロール尿症の患者に対しては高濃度のビタミンB6と亜鉛を与えた。

ヒスタミンは神経伝達物質の1種である。ファイファーは統合失調症のほとんどの患者がヒスタミン値の異常により症状をきたしていると考え、治療に際しては脳内ヒスタミン濃度を正常化することを目標としていた。しかし、私は1990年代の初期に、メチル基と葉酸の濃度の方がヒスタミンよりもメンタルヘルスはるかに強い影響を及ぼすという証拠を集め、ヒスタミンは統合失調症の決定的因子ではないと結論付けた。ヒスタミンの異常値が是正されないにもかかわらず劇的な回復を認めた患者が数百人もいたのである。ファイファーが開発した栄養療法は効果的であったが、彼が提唱した作用機序は誤っていたようである。今日では、血中ヒスタミン濃度はメチル化の指標として用いられるが、メンタルヘルスの指標としては用いられない。ヒスタミンとメチル基は身体のあらゆる場所において測定可能な濃度で存在し、その濃度は反比例する。その後、メチル化状態がセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンの濃度に大きく影響することも明らかとなり、最終的にファイファーが作ったヒスタデリアとヒスタペニアという言葉は、低メチル化と過メチル化という言葉に置き換えられた。最後まで疑問とされたのは、低メチル化タイプの統合失調症の症状が強力なメチル化療法(葉酸とビタミンB12)により悪化する理由であった。この疑問は、2009年、シナプスにおける神経伝達物質の再取り込みに対し、メチル基と葉酸が逆方向のエピジェネティック効果を示すということが発見されたことで解消された。

脳におけるセロトニン、ドーパミン、ノルエピネルフィンなどの神経伝達物質の活動は、シナプス前細胞の細胞膜にあるトランスポーターに制御される。一度シナプスに放出された神経伝達物質も、トランスポーターの働きにより元の細胞に戻れるという話をしたのを覚えているだろうか。このプロセスは再取り込みと呼ばれ、近年の向精神病薬のほとんどがトランスポーターの機能変換を標的としている。トランスポーターの遺伝子発現はメチル化により阻害され、アセチル化によって促進される(第4章参照)。アセチル化とは、アセチル基(CH3CO)を分子に付加するプロセスである。DNAやヒストン尾に付着しているメチル基とアセチル基の量が、シナプスにおける再取り込み蛋白の濃度や、ドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリンの活性に影響を与えるのである。別のメカニズムにより、葉酸とナイアシンはDNAとヒストンのアセチル化を促進する働きを示す(第4章参照)。メチオニンとSAMe(Sアデノシルメチオニン)はDNAとヒストンのメチル化を促進することで、逆の効果を及ぼす。これらを総合すると、セロトニン、ドーパミンや、その他の神経伝達物質の濃度は、メチル基/葉酸の比率に強く影響されるということになる。25年の研究ののち、我々はとうとうアブラム・ホッファーとカール・ファイファーが開発した葉酸、ナイアシン、メチル化療法の効果について、きちんと説明できるようになった。

ファイファー博士と私は精神病と診断された3万人以上の患者、および1万5千人の行動異常(BD)、ADHD、または自閉症の患者の分析を行った。この研究では、血液・尿および他の組織における様々な生化学物質の濃度を測定した。健康な人における正常値と比較すると、患者では、生化学物質の異常の頻度がとても高いということが明らかになった。データの量が多いことを考慮すると、この結果は偶然とは考えにくい。

ファイファー博士は、数千人の統合失調症患者で治療効果が得られたと報告したが、栄養療法の効果を検証した対照研究の発表がないため、彼の栄養療法は主流派の治療法としては受け入れられなかった。彼は1988年に他界したが、その数年前にノーベル賞の候補に推薦され(選ばれはしなかったが)、世界の生化学療法におけるもっとも優れた専門家の1人として広く認知された。なお、ファイファーの作った非営利組織、プリンストン・ブレイン・バイオセンターは金銭的問題に陥ったため、現存しない。

カール・ファイファーの死後も、数人の医師やクリニックにより、20年にもわたって彼の研究は継続されている。ファイファーは大勢の医師に栄養療法を身につけさせ、この治療法は現在でも世界中で補完医療の従事者達に用いられている。

私は、12年以上の期間にわたり、行動異常または精神疾患と診断された500人の患者をファイファーと共に評価する恩恵に恵まれた。ファイファー博士に数年間促された後、私は非営利組織ファイファー治療センターをイリノイ州に設立し、数千人の統合失調症患者を含む、2万5千人以上の患者を治療した。立ち上げの数年間、ファイファー治療センターでは、プリンストン・ブレイン・バイオセンターと同じ検査・問診・診断・治療方法を採用した。その後は、脳科学が進歩し、神経伝達物質の活動の鍵となる栄養素の重要性が明確になるのに応じて、我々も手法を改善した。2008年には私はファイファー治療センターを去り、国際的な医師トレーニングプログラムを立ち上げた。残念ながらファイファー治療センターは金銭的問題に陥り2011年7月に閉鎖した。しかし幸運なことに、才能があり、これらの治療法に今や十分に習熟している医師が世界中に大勢いる。

 

生化学物質のバランス異常への対処

過去30年間以上の長期研究から、各個人の生化学物質のバランス異常は生涯持続すると考えられ、その原因は遺伝的もしくはエピジェネティクスな要因によることが示唆される。特定のバランス異常の症状は、2歳までに、例えば小児期のペットに対する残酷性などとして明らかとなる場合が多い。バランス異常の人生への影響は、その重症度と、環境因子により異なる。たとえば、軽度の活動的行動異常を示す症例でも、深刻な精神的痛手をもたらすような事件が起こらず、良い食生活ときちんと子育てをする家族に恵まれれば、正常に発達する。しかし、生まれつき連続殺人犯と同じような重度の生化学検査異常(第8章参照)を認める子供では、脳化学物質の濃度が是正されない限り犯罪者になる可能性が高い。軽度〜中等度の行動異常の場合は、カウセリングや、良い環境が効果的であろう。しかし重度の脳化学物質濃度異常の患者に対しては愛情を与えるだけでは不十分であり、脳化学物質濃度の是正が治療目標となる。同様に、軽度な鬱病の遺伝的傾向に対しては良い環境・運動・カウンセリングで発症を防げるが、その傾向が重度の場合は積極的に生化学物質濃度を是正する必要がある。このような患者はすべて、オーダーメイド栄養療法の良い治療対象である。

 

複数の疾患の原因となりうる生化学物質異常

私は何年ものあいだ、全く異なる精神異常の症例で同じ生化学物質異常を認めることに悩まされてきた。例えば銅過剰は、過活動、学習障害、産後鬱病、自閉症、および偏執性統合失調症患者の大多数でみとめられる。また低メチル化は、反社会的人格障害、臨床的鬱病、摂食障害、強迫神経症、および統合失調性感情障害でみとめられる。このように複数の疾患で認められる異常のうち、もっとも頻度が高いのは以下の所見である:

  • 銅過剰
  • ビタミンB6欠乏
  • 亜鉛欠乏
  • メチル基/葉酸のバランス異常
  • 過酸化ストレスの過剰
  • アミノ酸のバランス異常

 

その後、私はこれらの物質がすべて、主要な神経伝達物質の合成や機能に直接的役割を持っていることに気づいた。これは偶然とは考えにくい。精神異常は複数のバランス異常を伴い得るので、複雑である。たとえば犯罪性と関連するような反社会的精神異常には、亜鉛欠乏、酸化物質の過剰、低メチル化、毒性金属の高値、が複合して合併するのが普通である。偏執性統合失調症には通常、高メチル化、葉酸欠乏、血中銅濃度の上昇が関与する。遺伝的多様性のために、特定の化学物質のバランス異常も、異なる患者で異なる結果をもたらすのであろう。これらの、複数の疾患の原因となりうる生化学物質異常は、向精神病薬を使うことなく治療可能である。

 

複数の疾患の原因となりうる生化学物質異常の是正

銅過剰症

1800年代の初め、W. Meissnerにより、あらゆる生物の体内に銅が存在することが明らかとなった。現在では、神経伝達物質の産生、呼吸、免疫反応、エネルギー代謝、そして成長において銅が重要な役割を果たすことが明らかになっている。ほとんどの人では、メタロチオネイン(MT)、セルロプラスミンなどの蛋白質のはたらきにより、血液中の銅濃度は狭い範囲に保たれている。しかし、銅濃度の調節が遺伝的にうまくできず、深刻な銅過剰症に陥っている人も大勢いる。

銅は、精神疾患にも関わる神経伝達物質であるノルエピネフリンの産生に際し、補因子として働く。ノルエピネフリンは脳内でドーパミン分子に水酸基が添加されることで生成される(図3-1)。この反応は、ドーパミンが貯留されている小胞内において、ドーパミンベータハイドロキシラーゼ(DBH)、2価の銅イオン(Cu++)、ビタミンC、そしてO2補因子のはたらきにより生じる。DBHは576個のアミノ酸を含む複雑な分子であり、複数の銅イオンに結合する。ビタミンCはDBH酵素を酸化反応から守り、反応に必要な電子を補給する。O2補因子は水酸基の産生のための酸素原子を提供する。

銅過剰症では、脳内のドーパミン濃度が低下し、ノルエピネフリン濃度が上昇する傾向がある。これらの重要な神経伝達物質のバランス異常は、偏執性統合失調症、躁鬱病、産後鬱病、ADHD、自閉症、暴力的行動性と関連する。2つの異なる動物実験の報告により、血液中の銅濃度を75%下げるような食事を与えると、脳内のノルエピネフリン濃度とドーパミン濃度が大きく変化することが明らかになっている。

ほとんどの人では、血中銅濃度が上昇すると、亜鉛濃度が低下し、酸化ストレスが亢進する。健康な人における血中銅濃度は、MTなど、過剰な銅と結合して体外に排出する作用を持つ蛋白により制御される。しかし、亜鉛欠乏や酸化ストレスが亢進している状態では、MTの活性は大きく低下し得る。精神疾患と診断される患者の多くは、生まれつき銅濃度が高い傾向にあるため、精神疾患に罹患しやすい。これらの患者に対して銅濃度を補正する栄養療法を行うと、ドーパミン濃度とノルエピネフリン濃度のバランスが調整される。この治療法は適切に行えば、安価で、副作用もほとんどない治療である。

 

ビタミンB6欠乏

ビタミンB6は、脳内において血液中の100倍ほど高い濃度で存在し、精神機能に重要な役割を果たしている。ビタミンB6の欠乏は、易刺激性、鬱状態、短期記憶の低下、精神病への罹患と関与する。ビタミンB6が、セロトニン、ドーパミン、GABAという重要な神経伝達物質の効率的産生に必要であることを考慮すると、これは驚くべきことではない。ビタミンB6には3つの化学的状態があり、もっとも一般的にみられるピリドキシンハイドロクロライドは、体や脳内において活性形であるピリドキサール5リン酸(PLP、別名P5P)に変換される。

PLPは強アルデヒドで、カルボキシル基(COOH)を分子から外す作用を持つ。たとえば、5-HTPをセロトニン(5-HT)に変換する作用は重要である。セロトニン生成の最終段階における、PLPが補酵素として働く箇所を図3-2に示す。この反応では、PLPはアロマティックLアミノ酸デカルボキシラーゼ(AADC)とともに、5-HTPからOH-基を除去する作用を持つ。遺伝的に、もしくは後天的にビタミンB6が欠乏している患者では、脳内セロトニン濃度が低下し、臨床的鬱病、強迫性障害やその他の精神的問題に陥りがちである。SSRI系抗鬱薬などはセロトニン活性を上げることができるが、ビタミンB6とPLP濃度を是正する栄養療法でも同じ結果が得られる。

PLP型のビタミンB6は、脳内におおけるドーパミン産生、およびGABA産生にも必要である(図3-3, 3-4を参照)。遺伝的に、もしくは後天的にビタミンB6が不足している患者ではこれらの重要な神経伝達物質の濃度も異常低値を示し、ADHD、鬱病、不安症、不眠、など様々な症状を訴えうる。ビタミンB6の重度欠乏状態では、これらの神経伝達物質の濃度も下がり、通常アンフェタミン、SSRI、ベンゾジアゼピン(Xanaxなど)の向精神病薬で治療されるような精神疾患に陥る。ビタミンB6の濃度を是正するビタミン療法は、治療に良い効果を及ぼすことができ、ときに薬物療法が不要となることもある。

神経伝達物質の産生に加え、ビタミンB6は体内において80以上の生化学反応に関与する。ビタミンB6欠乏は、曖昧で診断困難な様々な身体の不調を起こしうる。これらの症状には、不安症、不眠、筋力低下や、歩行困難などが含まれる。ビタミンB6の状態を調べる最もスタンダードなテストは、採血検査のトランスアミナーゼ刺激試験である。しかし、ほとんどのビタミンB6欠乏患者ではピロール濃度が上昇しており、こちらは安価な尿検査で調べることもできる。ビタミンB6欠乏の多くは遺伝的要因によるので、血中および脳内の濃度を是正するにはかなり高用量を投与する必要がある。

ビタミンB6の過剰投与は、皮膚の感覚麻痺を伴う神経障害を起こしうる。しかし、この副作用は一時的で、ビタミンB6の投与量を減らすと回復する。他に、ビタミンB6過剰症状では、ひどい悪夢を見るという症状もある。ビタミンB6欠乏の傾向がある患者に対してはかなり高用量を与えても大丈夫だが、ビタミンB6が足りている患者は低用量でも副作用を起こしうる。1980年代の半ばに、カール・ファイファー医師と私は、吸収不良で痩せた統合失調症患者のなかに、通常のビタミンB6(ビリドキシンハイドロクロライド)の投与には反応しないものの、PLPのサプリメントを投与すると顕著な改善を示す者が大勢いることを見出した。のちに、その他の患者では通常のビタミンB6投与の方が良い効果が得られるということが明らかになった。我々は1980年代の後半には、ビタミンB6とPLPを合わせて投与する方法によりほとんどのビタミンB6欠乏患者で治療効果が得られることを発見し、現在でもこの方法を用いている。

 

亜鉛欠乏

亜鉛は希少金属で、すべての生物に必要である。ほとんどの健康な人は食事から十分な亜鉛を摂取することができる。亜鉛はとても吸収効率がよく、食事に含まれる亜鉛のうち38%が血液中に取り込まれる。食事中の亜鉛はアルブミン、トランスフェリン、L-ヒスチジン蛋白によって、門脈血流から肝臓に運ばれる。肝臓に着くと、ほとんどの亜鉛は亜鉛を全身に運ぶためのシャペロンである、亜鉛メタロチオネインに変換される。亜鉛は蛋白に結合しているときは毒性がなく、亜鉛の過剰症や中毒をおこすケースは非常に稀である。

亜鉛欠乏は精神疾患患者で最も頻繁に認められる生化学異常である。鬱病、行動異常、ADHD、自閉症、および統合失調症と診断された患者の90%以上において、正常低値から重度の血漿亜鉛濃度低下をみとめる。この理由の一つは、ほとんどの精神疾患で関与する酸化ストレス(付録B参照)に、体内の亜鉛を消耗する作用があるからかもしれない。加えて、亜鉛はメンタルヘルスを良好に保つために必須であるNMDAレポーターを活性化または抑制するのにも重要な役割を担う。

亜鉛欠乏は、成長遅延、感情のコントロール、免疫機能低下、鬱病、創傷治癒遅延、てんかん、不安、神経変性疾患、ホルモン異常、そして学習障害などと関与する。亜鉛は200以上の酵素の構成要素であり、RNAポリメラーゼ、ジンク・フィンガー(Zinc finger)などの、細胞分裂や遺伝子発現に重要な蛋白に存在する。亜鉛は以下のように脳機能においても重要な役割を示す。

 

  • 有害な生化学物質が脳に入るのを防ぐ血液脳関門の主要な構成要素に、亜鉛メタロチオネインがある。
  • 脳細胞を破壊したり、髄鞘を傷つけたり、神経伝達物質の濃度異常を引き起こしうる脳内酸化フリーラジカルと脳内で戦うのが、亜鉛蛋白である。
  • 食事中のビタミンB6をPLPに効率よく変換するのに亜鉛が必要である。PLPは、セロトニン、ドーパミン、GABAなどの神経伝達物質が効率よく産生するために必須である。
  • 亜鉛欠乏は銅過剰症を引き起こし、その結果脳内のドーパミン濃度およびノルエピネフリン濃度が異常になる可能性がある。
  • 亜鉛欠乏により脳内GABA濃度が異常になる。
  • 亜鉛は小胞内に貯蔵され、シナプスに放出される神経伝達物質でもある。
  • 亜鉛はNMDA受容体の活性化および抑制に重要な役割を担う。

 

通常、遺伝的、もしくは後天的な亜鉛欠乏は、栄養療法により2ヶ月以内に補正される。毒性金属や銅などの重度の過剰症を合併している場合には、金属が身体から排出される際の一時的な血中濃度上昇を予防するため、亜鉛補充療法はゆっくりと行われねばならない。血中亜鉛濃度の上昇はMTの過剰産生、およびその他の亜鉛結合蛋白の産生を促し、それにより毒素の身体からの排出が促進される。なおカドミウム過剰の患者の場合には、急激に除去すると腎障害のリスクがあるため、注意が必要である。

多くの神経科学者は、下記の理由から亜鉛が精神疾患に重要とは考えていない。

  • ほとんどの人は食事から十分な亜鉛を摂取している
  • ほとんどの人で、血中亜鉛濃度はホメオスタシスにより制御されている。
  • 亜鉛はほとんどの神経伝達物質の産生において律速段階に直接関与しない

 

しかし、数百万人もの患者が重度の亜鉛欠乏の遺伝的傾向を持って生まれ、これに伴う脳生化学異常および精神機能異常のリスクをかかえている。数千人の暴力的な子どもたちの分析により、亜鉛濃度が正常化すればほとんどの家族で症状が顕著に改善することがわかった。私は、行動異常、ADHD、自閉症、そして精神疾患のすべての患者が血中亜鉛濃度を測定するべきであると信じている。

 

メチル化/葉酸バランスの異常

1960年代、アブラム・ホッファーらにより、幻聴を説明するためのアデノクローム理論が発表された。1970年代にはカール・ファイファーが、偏執症性統合失調症や幻視を伴う疾患に脳内ヒスタミン濃度異常が関与しているという理論を発表した。いずれにおいても、追実験ではこれらの理論を証明することはできなかった。劇的に効果のある様々な治療法が報告されたが、それらをきちんと科学的に説明できるようになるまでは何年もかかった。

私は、数千人の患者での臨床経験から、いくつかの精神疾患にメチル化状態が強い影響を及ぼすことを発見した。低セロトニン血症を伴う鬱病患者にメチオニンやSAMeなどのメチル化剤を投与すると症状が改善するが、葉酸の投与は無効である。逆に、ドーパミンとノルエピネルフリンの活性が高い患者(古典的偏執症性統合失調症など)に葉酸を投与すると症状が改善するが、SAMeやメチオニンの投与は逆効果である。葉酸のサプリメントはメチル化を亢進するという、よく知られた事実があるため、私はなぜこのようなことが送るのか何年も悩んだ。「なぜ低メチル化状態の精神疾患患者には葉酸が効かないのか?」神経伝達物質産生におけるメチル基と葉酸の影響について、神経伝達物質産生に必要な酵素の遺伝子発現のことまで含めて、何年も研究したが、なかなか良い成果は得られなかった。最終的に、エピジェネティクス、およびシナプスにおけるトランスポーターの発現を促進または阻害する因子に、答えが隠れているということがわかった。

数十年前から、精神科の主流派も、セロトニンやドーパミンなどの脳内性化学物質濃度の正常化をターゲットとする薬物療法は、効果が得られるのが比較的遅く、また効果も不十分であるとわかっていた。一方、シナプスにおける神経伝達物質の活動性に影響を及ぼす薬物療法は、より効果的である。鬱病に関する初期の研究では、セロトニンを破壊する(代謝する)タンパク質を阻害する方法が注目を浴びていた。モノアミンオキシダーゼは、セロトニンを分解する酵素であり、うつ病に対するMAOI療法は1970年代から用いられていた。しかし、脳科学者は徐々に、シナプスにおいて強い作用をもつのは、トランスポーター、すなわち神経伝達物質をシナプスから除去し元の脳細胞の中に取り込む作用を持つ特殊な蛋白質であるということに気がついた。再取り込みのプロセスについては第1章で記載したが、これがセロトニンや、ドーパミン、ノルエピネフリンのシナプスにおいて主要な働きをもつのである。SSRI系抗鬱薬はトランスポーターに結合してその働きを阻害する作用を持つが、再取り込みはこの過程におけるバイアスとして作用する。

セロトニン濃度が低い患者において、抗鬱薬が臨床的うつ病の症状を改善することができることについてはほとんど疑問の余地がない。しかし、栄養因子もやはり強力にセロトニン活性を刺激することができ、オーダーメイドの栄養療法を行うことにより、副作用なしにセロトニン活性を正常化し、鬱症状を消すことができる。

メチル化と葉酸バランスの異常は、統合失調症、躁鬱病、鬱病、不安神経症、そしてある種の行動異常の場合に、よくみとめられる。ほとんどの低セロトニン鬱病患者はモノアミンやSAMeが欠乏している傾向にあるため、葉酸を投与すると逆効果である。その他の例として、高ドーパミン統合失調症患者は葉酸投与で症状の改善が得られるが、SSRIや非葉酸のメチル化剤で治療すると症状が悪化する。この興味深い反応は、メチル化と葉酸が、エピジェネティックなメカニズムによりシナプス活性をコントロールするトランスポーターの産生に影響することに起因する。第4章で述べるように、葉酸が欠乏すると、トランスポーターの産生が減少し、シナプス活性が上がる。低メチル化は反対の作用をもち、トランポーター遺伝子の産生亢進、およびシナプス活性の低下をもたらす。

精神疾患を考慮すると、栄養因子SAMeはセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンにたいする天然の再取り込み阻害薬である。葉酸は天然の再取り込み促進薬であり、過剰なドーパミン活性に抑制的にはたらく。メチル基と葉酸、それぞれの濃度よりも、メチル基/葉酸の比率の方が重要である。すべての精神疾患の50%以上は、遺伝子的、もしくは後天的にメチル基と葉酸のバランスが崩れていることに起因する。向精神病薬はこれらの患者に恩恵をもたらすかもしれないが、メチル基と葉酸のバランスを整えるような栄養療法のほうが科学的で直接的で、不快な副作用も持たない治療法なのである。

これまで、メチル基と葉酸のバランスを整えるような栄養療法が、精神病、鬱病、不安神経症やその他の病気の症状改善にとてもよく効いたという報告は数千症例分ある。しかし、逸話的な臨床報告は医療や科学的見地からは信頼性が低く、この治療法が精神科の主流派に受け入れられるためには、二重盲検プラセボ比較試験で治療効果を証明する必要がある。

 

酸化ストレス

1960年代に、統合失調症患者の血液中でピロール濃度の上昇が確認され、統合失調症患者における酸化ストレスの役割が明らかとなった。ピロールは天然の有機化学物質で、化学式C4H4NHの5輪環構造を持つ。ピロールという言葉は、ピロール環構造を持つ複数の天然物質についても用いられる。ピロールはヘモグロビンの主要な構成要素、ヘムの産生に関与する。ピロールは生化学物質を産生する以外には重要性が低く、尿中に能動的に排泄される。なおPLPや亜鉛に親和性があり結合するため、ピロールと共に、これらの貴重な栄養素も体外へと排出される。これは人類の正常の生体機能だが、遺伝的(もしくは後天的)にピロール濃度異常高値の傾向がある人では、PLPと亜鉛の両方の欠乏をおこす。

ビタミンB6もしくは亜鉛欠乏により、神経伝達物質濃度と精神機能の異常をきたすことは、この章で先述した。ピロール異常の患者ではこの両方の栄養素の欠乏を同時に伴うため、行動異常や身体症状の症状が重篤である。典型的なピロール異常の患者では、高度の不安神経症、頻繁な気分変動、短期記憶障害、読書障害、朝方の嘔気、夢を思い出せない、頻繁に激怒する、などの症状を示す。

これまで私は同僚らと共に、4万症例以上の精神疾患患者の尿中ピロール検査を行ってきた。表3-1に、尿中ピロール濃度が高かった(20mcg/dl以上)患者の疾患別頻度を示す。このように、精神疾患患者におけるピロール異常の頻度は一般人口よりはるかに高い。ほとんどの精神疾患に酸化ストレスが関与しており、ピロール高値は他の生化学物質の異常に伴う可能性もある。しかし、ビタミンB6や亜鉛を投与し、ピロール濃度を是正することで、しばしば精神症状の改善、もしくは消失が得られる。遺伝的ピロール異常はセロトニン濃度やGABA濃度の低下の原因となり、SSRI系抗鬱薬や抗不安薬が著効することが多い。しかし、これまでに引用した他の症例と同様、ビタミンB6と亜鉛濃度を是正する栄養療法でも、副作用なしに同じような治療効果が得られるのである。

生まれながらにピロール異常がある患者は、ビタミンB6や亜鉛欠乏の傾向があり、酸化ストレスが高くなりがちである。さらに、いかなる酸化ストレスでも尿中ピロール濃度を上昇させうるという合併症を持つ。多くの患者では、外傷、病気、感染、精神的外傷や金属中毒で血中ピロール濃度が上昇する。何れの理由であれ、酸化物質濃度の上昇により、脳内NMDA受容体におけるグルタミン酸の神経伝達物質活性が低下し、敏感な患者では精神症状を発症する。酸化ストレスがあると、NMDAの機能に重要なグルタチオン(GSH)濃度が低下する。統合失調症患者の場合、ピロール尿症、mauve因子、ピロール病、などよりも「過剰な酸化ストレス」という言葉を用いる方が一般的で記述的である。この状態を反映する生化学マーカーとしては、尿中ピロールの上昇、血中亜鉛の減少、血漿グルタチオン濃度の減少、セルロプラスミン非結合性血中銅濃度の上昇、など様々なものがある。

 

アミノ酸の濃度異常

脳化学においては、様々なアミノ酸が重要な役割を担う。ほとんどの人は食事から摂取する蛋白質から十分な量のアミノ酸を得て、脳内でも適正な濃度を維持している。しかし、これらの化学物質の脳内濃度を変え、精神機能に悪影響を及ぼすような遺伝子異常も存在する。幸い、このような疾患は非常に稀である。脳化学物質におけるアミノ酸の役割を下記に要約する。

  • トリプトファンはセロトニン合成における開始物質(基質)である。何年もの間、トリプトファンのサプリメントがセロトニンの脳内濃度を上げるために使われてきた歴史がある。
  • ドーパミンとノルエピネフリンはフェニルアラニンもしくはチロシンから合成され、これらのアミノ酸のサプリメントはこれらの神経伝達物質の濃度上昇に有用である。
  • グルタミンはグルタミン酸と神経伝達物質GABAの基質となるアミノ酸である。
  • GABAはアミノ酸であると同時に神経伝達物質でもあり、この濃度の低下は不安神経症、うつ病、精神病などと関連がある。
  • アスパラギン酸塩は、神経伝達物質アスパラギン酸合成の開始物質である。
  • Lヒスチジンは神経伝達物質ヒスタミンの前駆物質である。
  • メチオニンは、神経伝達物質の合成や再取り込みに重要な幾つかの酵素の遺伝子発現に強い影響を持つSAMeの前駆体である。

 

脂肪酸のバランス異常

人体には300以上の異なる脂肪が存在し、脳は脂肪含有量がとても多い組織である(約65%)。特に非飽和脂肪酸は、細胞膜に流動性を付与し、脳細胞間の連絡を支持するために重要である。脳の活動がおこるシナプスでは、構成する脂質の90%以上が4種類の脂肪、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、アラキドン酸(AA)、ジホモガンマリノレン酸(DGLA) からなる。これらの中は、DHA(オメガ3脂肪酸)は最も高い濃度で存在し、脳機能に一番重要な影響を及ぼす。DHA欠乏はうつ病、ADHD、統合失調症、躁鬱病、痴呆症、などと関連する。2つ目に重要なのは、やはりオメガ3脂肪酸である、EPAであろう。DHAとEPAは栄養サプリメントとしても有名な必須脂肪酸(EFAs)である。魚介類や魚脂はオメガ3脂肪酸を大変豊富に含む食品である。AAとDGLAはオメガ6脂肪酸で、ジャンクフードばかりの食生活を送っている人のほとんどが過剰状態である。栄養学者によると、食生活におけるEFAの摂取割合は、オメガ3脂肪酸1gに対し、オメガ6脂肪酸を3-6gが理想的である。しかし、典型的なアメリカ人の食生活ではオメガ6脂肪酸やその他の不健康な脂肪の割合が高い。

遺伝的多様性のため、食事からの各脂肪酸の理想的摂取量には個人差があり、オメガ3脂肪酸のサプリメントを見境なく使用すると症状が悪化する患者もいる。たとえば、重度のピロール異常を持つ患者のほとんどではオメガ3脂肪酸濃度は十分にある一方、AAが重度に不足している。私の経験では、これらの患者にはオメガ6 脂肪酸が豊富なサクラソウ油が効くが、オメガ3のサプリメントだけ与えると症状が悪化する。逆に、ほとんどの鬱病患者や統合失調症患者ではDHAやEPAが不足しており、オメガ3のサプリメントが有効である。

酸化ストレスの亢進は、ほとんどの精神異常に関与し、EFAにも悪影響を及ぼす。幸い、酸化フリーラジカルの存在下では、DHA, EPA, AA, DGLAを助けるためにフォスファチジル基という脂肪酸が存在する。分子の端にあるコリン、セリン、イノシトール、エタノールアミンが4つの主要なホスファチジル基である。ホスファチジル基には、市販され、精神疾患の改善に有効性があるのもいくつかある。

 

グルコースの制御異常

我々のデータベースによると、憂慮すべき数の患者が慢性的低血糖状態にある。これは、行動異常や精神疾患の原因というより増悪因子であり、顕著な症状を発症させる。典型的なのは、食後の眠気や、易刺激性、甘いものへの渇望、振戦、不安、そして間欠的な集中困難、などの症状である。治療にはクロミウム、マンガンなどの、血糖安定性栄養素も用いられるが、治療の第一目標は食事療法である。患者は複合糖質とタンパク質を強化した食事を、1日6食以上に分けて少量ずつ摂取することになる。複合糖質は必要な糖質をゆっくりと放出するので、持続放出型砂糖と考えても良いかもしれない。

 

毒物過剰

私のデータベースには、毒性金属、農薬や、その他の有機化学物質の血中濃度が上昇していた患者も大勢含まれる。鉛、スズ、カドミウムの過剰はよく目にする。亜鉛、グルタチオン、セレン、メタロチオネインなどの血中濃度が低下している患者はとくに毒性金属に敏感である。また過メチル化状態にある精神患者の多くは農薬や毒性工業化学物質に反応しやすい。毒性物質の過剰に対する治療には、3段階のアプローチが必要である:

  • さらなる暴露を避ける
  • 毒物の身体からの排出を促進するような生化学物質療法を行う
  • 今後の毒物への脆弱性を最小限にとどめるため、背景にある化学物質のバランス異常を是正する

 

吸収不良

重度な吸収不良を伴う患者は精神疾患全体の10%に過ぎないとはいえ、自閉症患者の90%がこの問題を抱えている。吸収異常には、3つの基本的分類がある:

  • 塩酸の過剰もしくは不足など、胃の問題
  • 小腸における消化不全
  • 栄養素のほとんどを門脈血流に取り込む、小腸冊子縁の問題

吸収不良は、栄養不足、小腸炎、カンジダなどの消化器(GI)疾患を引き起こし得る。また蛋白質や脂肪の分解不全は、身体的問題、および脳機能への悪影響を起こし得る。酸化ストレスの亢進も、蛋白質の分解に必要な消化酵素を破壊することで、しばしば吸収不良の原因となる。消化不良の患者の多くの小腸バリアは易感染性、すなわち無力であり、毒性金属やその他の好ましくない物質の体内への侵入、さらには脳へのアクセスを許してしまう。吸収不良のタイプによって治療法は異なり、胃酸濃度の是正、胃酸に耐えられるような消化酵素の投与、抗酸化物質の投与、そして特別食の利用などが用いられる。

 

その他の栄養バランス不良

その他にも、精神機能に重要な栄養素はたくさんある。セレン、ビタミンC、ビタミンE、などの天然の抗酸化物質は、脳内の炎症やフリーラジカルと戦い、非直接的にNMDA受容体におけるグルタミン酸活性を亢進させる。ビタミンD欠乏はうつ病、統合失調症、ADHDなどの精神疾患と関連がある。ビタミンD濃度は太陽光を浴びることで上昇するため、比較的太陽光への暴露が少ない地域である、スカンジナビア半島の北方において統合失調症の頻度が非常に高いことは不思議ではない。

 

向精神病薬との調和

ほとんどの統合失調症患者は、初診時にすでに向精神病薬を内服しており、内服薬を中止したいと言う。しかし、通常、薬物療法は明確な利点があるため、生化学療法の初期段階においては薬を飲み続けるよう、私たちは指示する。両方の治療を数ヶ月併用したのちに明確な症状改善が得られていれば、精神科医のもとへ戻り投与薬を慎重に減薬してみるよう、患者家族へ指示する。減薬の目標は、向精神病薬の中止ではなく、最善の効果が得られる投与量をはっきりさせることである。

私たちの施設における研究結果では、行動異常、ADHD、鬱病患者のうち、半年間生化学療法を続けた者の70%以上で、無投薬のときに最善の状態が得られた。残りの30%は、症状が部分的に再燃するのを抑えるために何らかの投薬が必要であった。これらのほぼ全ての症例で、投薬量を安全に減らし、副作用も減らすことができていた。しかし、この結果は、統合失調症や躁鬱病の場合には大きく異なり、これらの患者のうち生化学療法が奏功し完全に向精神病薬を中止することができたのはたった5%であった。統合失調症や躁鬱病患者の多くは、栄養療法と薬物療法の併用により、精神症状の消失を得て自立した生活へ戻り、その際に使用する投薬量もかなり減らすことができた。副作用が減ることは、患者の服薬意欲を改善し、突然の服薬中止に伴う悲惨な結末を避けることにもつながる。一般的に、向精神病薬は栄養バランス不全が是正されるとはるかに効きやすくなる。2つの治療法は、互いに調和が取れているのである。

過去何十年かの間、精神疾患の治療の焦点は、脳科学物質のバランス異常、およびセロトニン、ドーパミンなどの神経伝達物質の活性を変える薬物療法におかれてきた。1970年代には脳の分子プロセスに強い影響を持つ唯一の方法が薬物療法であった。この治療法はとても成功率が高く、何百万人もの鬱病、統合失調症、ADHDやその他の精神疾患患者に利益をもたらしてきた。しかし、科学は進歩し、複雑な脳のプロセスの理解も進み、向精神病薬が不要となり得る時代も近づいている。投薬や、ひどい副作用なしに脳機能を正常化できるようなエピジェネティック治療、およびその他の進んだテクニックの開発を目指し、より積極的に頑張るべきである。

 

栄養療法の効果が出るまでの時間

栄養療法は精神機能に強い効果を持つが、最大限の効果が出るには通常数週間から数ヶ月かかる。一方、ほとんどの向精神病薬は数時間から数日のうちに症状を変えることができる。例えば、SSRI系抗鬱薬は速やかにトランスポーターに結合し、シナプスにおけるセロトニン活性を上げる。一方、鬱病に対するSAMeやメチオニンなどによるメチル化療法は、トランスポーターの遺伝子発現を減らし、数ヶ月かけてゆっくりとセロトニン活性を亢進させる。他の例として、血中銅過剰症に対する栄養療法は、通常60日程度を要する。

化学物質濃度異常のうち、もっとも早く治療効果が確認できるのはピロール病で、しばしば治療開始1週目から症状の劇的な改善が報告される。このように迅速に効果が認められる理由は、ビタミンB6濃度を短時間で是正可能だからである。亜鉛欠乏は通常60日以内に是正される。過メチル化に対する治療では、通常最初の 2週間は何の効果も認められないが、その後の4-8週間で徐々に効果が認められる。症状改善に最も時間がかかる化学物質濃度異常は低メチル化であり、完全に効果が得られるのに3-9ヶ月程度を要する。治療に即効性が得られないことで患者を落胆させないために、患者には生化学療法に要する見込み治療期間を教えておくべきである。

 

カウンセリングの価値

これまで、カウンセリングが非常に良い影響を及ぼした鬱病患者や精神病患者を何千人も目にしてきた。精神力動的な治療法は、洞察性、対処メカニズムの獲得や、自己イメージの修復に役立つだけでなく、遺伝子発現にも永続的な影響をもたらし得る。効果的カウンセリングにより、新しいシナプスや神経ミニ円柱が発達し、永久的に脳の微小構造が改善されるというエビデンスが存在する。脳化学物質濃度の是正だけでは不十分なことはよくあり、カウンセリングは治療効果を強め、患者を喜ばせる。例えば、10代の行動異常の患者は、脳科学だけでは是正しきれない自己否定的なイメージと不健康な習慣を持っているかもしれない。摂食障害の患者で、栄養療法に良好な反応を示すものの、完全な回復のためには効果的なカウンセリングが必要であった者も大勢いる。栄養療法とカウンセリングは併用するのが自然なのである。

 

精神疾患の化学分類

過去20年以上かけて、精神病学では複雑な脳プロセスの理解が大きく進んだ。しかし、未だに鬱病、統合失調症やその他の疾患を意味のある表現型ごとに分類できておらず、より良い治療法も未だ開発されていない。鬱病というは、もともと、脳化学物質の状態や、症状、形質が大きく異なる複数の疾患をまとめて表現するために用いられてきた用語である。統合失調症や、躁鬱病、ADHDについても同じことが言える。例えば、低セロトニン活性を伴う鬱病患者もいるが、高セロトニン活性を伴う鬱病患者も存在するのである。セロトニン強化薬SSRIは鬱病患者の混合グループに有効であったが、これは患者のうち50%以上でこの神経伝達物質の活性が低いからである。鬱病患者の30%以上は低セロトニン血症を伴わず、これらの患者に対してはSSRIは無効もしくは有害なのである。もっとも頻度の高い統合失調症の病態ではドーパミン活性が高く、ほとんどの抗精神病薬はこの神経伝達物質の活性を下げることを意図している。しかし、脳化学の状態が異なる統合失調症患者に対してこの治療を行うのは誤りである。効果があったという鬱病や統合失調症の治療報告の多くは、脳化学のバランスが異なる複数の疾患が混ざった検討である。このような検討は、データを曖昧なものにし、科学的発見を遅らせることになる。近年、精神科の専門家達は、これらの疾患を意義ある発現型に分類するための客観的テストを開発するよう、研究者に要請を出した。

この本では、(a)100万人以上の患者の採血データと採尿データ、および(b)それぞれのバイオタイプに特徴的な症状と系統の同定、をもとに鬱病や統合失調症の患者を生化学的に分類している。ここから後の章では、それぞれの鬱病や統合失調症の表現型に認められる、主要な神経伝達物質のバランス異常を、現在わかっている範囲で示した。このテクノロジーにより、精神科医は安価な血液/尿検査を行うだけで、それぞれの患者に確実に効く薬物療法を判断できるようになるだろう。この情報はこれらの疾患に対する栄養療法の発展のロードマップに繋がるはずである。

 

 

第4章 エピジェネティクスとメンタルヘルス

 

序文

エピジェネティクスという新たな学問は、脳の理解に革命的変化をもたらし、精神疾患の治療にワクワクするような飛躍的進歩をもたらしている。エピジェネティクスは現在大いに発展しつつある分野で、DNA配列の変化を伴わない遺伝子発現の変化について分析する学問である。近年まで、個人の遺伝的性格は、両親や先祖由来の遺伝的因子のランダムな集合からなるDNA配列として、受精の瞬間に決定されると考えられていた。現在では、これは部分的にしか正しくなく、子宮内における科学的環境も、様々な組織や臓器おける遺伝子の発現やサイレンシングに影響することがわかっている。近年のエピジェネティック科学の進歩のおかげで、栄養療法により精神疾患が克服され、さらに将来的には向精神病薬の必要性もなくなるようなロードマップが描けてきたのである。

 

エピジェネティクス101

人体のすべての細胞には同じDNAのコピーが存在し、各細胞は2万個以上のタンパク質を生み出す能力を持っている。しかし、肝細胞が必要とする蛋白質は皮膚や膵臓の細胞が必要とする蛋白質とは異なる。エピジェネティクスは、それぞれの組織で製造される蛋白質の組み合わせを特徴付ける設計図を提供するのである。エピジェネティクス無しでは、我々は腕、目、歯、などの多様なパートからなる生命体ではなく、同じ細胞からなる不定形の塊にすぎなかったかもしれない。異なる組織において、どの遺伝子が発現しサイレンシングされるかを決定付けるのに強力な作用を示す栄養素もあり、メンタルヘルスを良好に保つためにはこれらの栄養因子の適正なバランスが必要である。

DNAは何十万もの蛋白質から構成され、長さ6フィートの二重らせんリボン構造をしている。これが、直径10mmほどの小さなボールの形に折りたたまれ、各細胞の核内にきちんとおさまっているのである。この壊れやすい二重らせんはヒストンと呼ばれる小さな蛋白質の塊の周りに巻かれ、紐に通したビーズのような形態となる。酸性のDNA鎖は弱アルカリ性である何百万ものヒストンに、そっと接着する。ヒストンとDNAが結合して作られたビーズのことをヌクレオソームと呼び、ヌクレオソームの集合体をクロマチンと呼ぶ。図4-1はヌクレオソームの模式図である。一つのヒストンは線状に並んだ8つの蛋白質が毛糸玉のように凝集した形をしており、いくつかの蛋白質の尾が配列から飛び出している。DNAリボンは、何百万ものヒストンそれぞれの周りを2周弱(146塩基対)取り巻く。何年もの間、ヒストンは壊れやすいDNAに骨格を与えるだけで、遺伝子発現には役割を担っていないと考えられていた。しかし近年、どの化学物質がヒストン尾(histone tail)と反応するかにより、遺伝子がオンになったりオフになったりするということが明らかになった。精神疾患ではしばしば異常なヒストン修飾が認められ、ヒストン化学を正常化するのに栄養療法は有効である。

図4-2に、エピジェネティクスの2大プロセス、DNAメチル化とヒストン修飾を示す。DNAメチル化は二重鎖のシトシン分子へのメチル基の添加を伴う。ほとんどの場合、遺伝子の近傍におけるメチル化はその遺伝子をサイレンシングする傾向を示す。このプロセスは、人類の発達段階において、異なる組織や臓器においてどの蛋白が産生されるか決定づけるのに関わる。加えて、DNAメチル化には、疾患時に複製されるウイルス遺伝子などの不要な遺伝子の発現を阻害する働きもある。

遺伝子発現はヒストン尾におけるアセチル基とメチル基の競争に依存することが多々ある。もしヒストン尾においてアセチル化が優位なときは、遺伝子発現(蛋白製造)が促進される。逆に、高度にメチル化されたヒストンは遺伝子発現をサイレンシングするのが一般的である。多くの科学者が、図4-3, 4-4に示すようなクロマチンの凝集程度により遺伝子発現の可否が決定されると考えている。このセオリーは、アセチル基によりアルカリ性のヒストンのpHが下げられて、ヒストン配列が開き、遺伝子発現が促進される、というものである。メチル基は逆に、クロマチンの凝集を促し、遺伝子発現をサイレンシングする。

受精の際には、両親のDNA由来のメチル基、アセチル基、その他の制御性化学物質すべてが胎児のDNAから取り除かれ、初期発達の間に新たな化学物質が添加される。これらの化学物質は、初期段階の遺伝子発現を制御し、細胞分裂の期間を通して同じ場所にとどまるため、ブックマーク (bookmark, mark, しおり)と呼ばれる。逸脱したブックマークのほとんどが精神疾患に関与し、DNAやヒストン尾において不適切な場所へメチル基やアセチル基が配置される原因になると考えられている。

ヒストンのエピジェネティクスは非常に複雑だということがわかってきており、完全にこのプロセスが明らかになるためにはさらに1世紀かかるかもしれない。これまでに、異なる化学的特徴を持つヒストン蛋白が69種類発見されている。多くの遺伝子の発現/サイレンシングがアセチル化とメチル化の比率により制御されるが、リン酸化、ビオチン、ユビキチン、シトルリンなどの他の化学物質もヒストンと作用し、遺伝子発現に影響する。加えて、ヒストン蛋白や反応物質の特定の組み合わせにより、転写因子と呼ばれる特殊な酵素もリクルートされ、局所のDNAにはたらきかけることで、細胞の遺伝子発現に影響を与える。転写因子は2000個以上あると考えられることから、ヒストン反応の種類も膨大な種類存在すると考えられる。ヒストンの謎は未だ解明途上なのである。

 

転写因子

遺伝子発現のためには、ヒストンからDNAが離れ(もしくはコイルが解かれ)、標的遺伝子の近傍に特定の大きな分子がアクセスできるようになる必要がある。この遺伝子の転写プロセス(RNAポリメラーゼによりDNAをRNAにコピーする)には転写因子(Zinc fingerのような蛋白複合体)が1つ以上必要である。転写因子はDNAの特定の領域に結合し、RNAポリメラーゼ(DNAからRNAへ遺伝情報を転写する酵素)のアクセスを制御する。転写因子は標的遺伝子の近傍にある特定のDNA配列に結合するDNA結合ドメインを1つ以上持っている。

ヒト遺伝子にはDNA結合ドメインを持つ蛋白が2500以上あり、そのほとんどが転写因子として働くと考えられている。転写因子には、遺伝子発現を促進するものと、抑制するものがある。これらの蛋白の膨大な多様性は、子宮内における組織の分化のために必須なのかもしれない。転写因子は、CpGアイランド(シトシン-リン酸-グアニン配列の頻度が高い遺伝子領域)やヒストンにおけるアセチル化やメチル化の制御など、複数のはたらきを持つ。転写因子に影響力を持つ栄養素も多いと考えられるが、現時点ではその関係はほとんど分かっていない。

 

メチル化—アセチル化の競争

メチル基はSAMeにより、アセチル基はアセチル補酵素Aにより、ヒストンに運ばれる。これらの化学物質の両方が身体中に高濃度で存在する。SAMeは肝臓で食事中のメチオニンから作られる自然のタンパク質である。SAMeはメチル化サイクル、もしくはone-carboneサイクルと呼ばれるプロセスで維持されており、生体における数多くの重要な生化学反応の際にメチル基を供給する働きを担う。アセチル補酵素Aは蛋白や脂肪、炭水化物の代謝(分解)によって得られ、クエン酸サイクルに必要な高エネルギーアセチル基をミトコンドリアに運ぶ。アセチル基もメチル基も、生命に必須なのである。

メチル基やアセチル基のヒストン尾への付着/除去は、既存のメチル基やアセチル基の量に関係なく、メチラーゼ、アセチラーゼ、デメチラーゼ、デアセチラーゼと呼ばれる酵素により行われる。これらの酵素の量を制御できるような薬剤の開発を目指して、数多くの研究がなされてきた。しかし、栄養素の中にもこれらの酵素に強い影響を及ぼすものがあり、エピジェネティック栄養療法も薬物療法と同じくらい効果があるかもしれない。良い例は、ナイアシンアミド(ビタミンB3)であり、これは重要なデアセチラーゼ酵素である、サーチュインの活性を抑制する。また、葉酸は組織や血液中におけるメチル基の量を増やす一方、遺伝子発現を制御するような特定のヒストンのメチル化を抑制する。多くの栄養素が遺伝子発現に強い影響を持つことは明らかであり、エピジェネティック栄養療法は非常に見込みがある治療法である。

 

神経伝達物質の輸送蛋白

神経伝達物質の輸送蛋白は、トランスポーターと呼ばれ(第1章を参照)、シナプスから神経伝達物質を迅速に回収し、次の放出に備える働きをもつ、膜貫通蛋白質である。セロトニン、ドーパミン、ノルエピネルフリンのトランスポーター遺伝子の発現は、ヒストン尾におけるメチル基とアセチル基の比率に依存する。アセチル基が優位なときはトランスポーターの製造が促進され、神経伝達物質活性は抑制される。もしメチル基が勝てば、トランスポーターの遺伝子発現は阻害され、神経伝達物質の活性が亢進する。ヒストンのメチル化を促進する栄養素は、天然のセロトニン再吸収抑制剤として作用する、というのは重要な事実である。

ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HATs)という酵素は、ヒストンにアセチル基を置く働きを担う。アセチル基を除去する酵素は、ヒストンデアセチラーゼ(HDACs)である。HATとHDACには何種類かあることが明らかになっている。ヒストンメチルトランスフェラーゼ(HMTs)という酵素は、SAMeから線状に連なっているヒストン蛋白の特定のアミノ酸領域に1-3個のメチル基を運ぶ働きを持つ。ごく最近、ヒストンからメチル基を除去する酵素が2系統発見された。これらの酵素の発現を促進したり抑制したりする栄養素や薬剤は、神経伝達物質の再取り込みやシナプス活性に強い作用を持つと思われる。

 

エピジェネティクスと脳機能

健康な精神機能のためには、セロトニン、ドーパミン、ノルエピネルフリンや、その他の神経伝達物質の受容体において、シナプスの機能がきちんと保たれている必要がある。きちんとしたシナプスの機能というのは、下記に依存する:

  • 脳細胞で産生される神経伝達物質の量
  • シナプスにおいて拡散したり化学物質と反応したりして失われる神経伝達物質の量
  • シナプスにおいて神経伝達物質を元の脳細胞に戻す(再取り込み)トランスポーターの機能

この数十年間の薬学的研究により、シナプス活性はトランスポーターの濃度に依存するということが明らかになった。ProzacやZoloftなどのSSRI系抗鬱薬はトランスポーターを不活性化し、シナプスにおけるセロトニン濃度を上昇させる。EffexorなどのSNRI療法は、同じメカニズムでセロトニンとノルエピネフリン両方の活性を上げる。一方、XanaxやValiumなどのベンゾジアゼピン療法は、直接GABA受容体に結合することでGABAの活性を上げ、過剰なノルエピネルフリン活性の影響を減弱させる。これらの3通りの治療法すべてが、鬱病、不安神経症などに対して非常に有効であるが、依存性が強く、その他の治療法と比べると疲労、性欲の減少、体重増加、頭痛などの副作用の頻度が高い。

エピジェネティクスの研究により、メチオニン、SAMe、葉酸、ナイアシンアミド、亜鉛など幾つかの栄養素が、神経伝達物質のシナプスにおけるトランスポーターの働きに強い影響を持つことが明らかになった。これらの栄養素は、これまでにホッファー、ファイファーや著者らが見出し、統合失調症、鬱病、不安神経症、ADHDや行動障害の数千人の患者に有効であったと報告してきたのと同じ栄養素である。加えて、エピジェネティクス研究により脳機能を改善しうる新たな栄養素も幾つか見つかってきた。栄養療法は脳科学の正常化を伴ううえに、副作用が最低限であるというメリットも持つ。

 

エピジェネティック異常の2タイプ

エピジェネティクスの異常は、(a)胎児期のプログラミング異常、または(b)後天的に生じた異常遺伝子ブックマーク、のいずれかによる。いずれの場合でも、環境因子によって残りの人生でずっと維持されるような異常なブックマークが作られると考えられている。胎児期のプログラミング異常は、生下時から発症する発生異常を起こし得る。しかし、生誕後しばらくしてからわかるような疾患、例えば、癌、心疾患、regressive autism(自閉症のサブタイプ、発症が遅い)の素因にもなりうる。3歳より前に明らかになるエピジェネティクス異常は、不可逆的な脳構造の異常をもたらす可能性もある。一方、脳化学物質のバランス異常を起こすようなエピジェネティクス的ブックマーク異常は、可逆的なことが多い。エピジェネティクス療法は将来、不安神経症、鬱病、統合失調症などの精神疾患に対する、持続的効果を持つ治療法開発につながるかもしれない。

 

2種類のエピジェネティクス療法

理論的には、異常な遺伝子発現は一時的、もしくは永久的に補正可能である。近年の癌研究を除き、すべてのエピジェネティック治療は、ブックマークを変えることなく遺伝子発現の頻度のみを変える、一時的タイプである。これらの治療は、以下のいずれかメカニズムによる:(1) DNAのコイルをヒストンからほどき、遺伝子発現の頻度を上げる、または(2)DNAとヒストンの凝集度を上げ、遺伝子発現の頻度を下げる。しかし、精神機能に対してこのような治療を行うと、治療が中止されると治療効果も消えてしまう可能性がある。とはいえ、10-20年以内に異常なブックマークを永続的に補正するような新しい治療法が発見され、精神疾患の幾つかは治療可能になると思われる。より進んだエピジェネティック療法の開発は国家的に優先度の高い項目とすべきである。

 

エピジェネティクスと栄養療法

メチオニンとSAMe

カール・ファイファーは高ヒスタミン血症を伴う統合失調症患者に対するメチル化療法を開発し、数千症例で症状の改善を得たと報告した。ファイファーは脳内におけるヒスタミンのバランス異常が精神病の原因だと考え、これらの患者の脳内におけるヒスタミン濃度を下げるために、メチオニンを投与した。1990年代の初期には、私はヒスタミンの重要度はむしろ低く、精神病においてはメチル化状態が最も重要であると発見した。低メチル化状態の患者は鬱病になりやすく、その傾向は通常SSRIにより改善させることができる。過メチル化状態の患者は、不安度の高い鬱病になりやすく、これは通常、SSRIの投与後に悪化する。エピジェネティクスにより、メンタルヘルスにおけるメチル化療法の重要性が明らかになったのである。メチオニンとSAMeはヒストンのメチル化を促進することで、セロトニン輸送蛋白の遺伝子発現を抑制し得る。この結果、シナプスにおけるセロトニン濃度が上昇し、セロトニン活性が上昇する。事実上、メチオニンとSAMeは天然のセロトニン再吸収阻害薬なのである。

 

葉酸

アブラム・ホッファーは1950年代に統合失調症患者に対する葉酸療法を始めた。約10年後、ファイファーはほとんどの偏執症性統合失調症患者において葉酸サプリメントが著効するにもかかわらず、妄想性統合失調症性感情障害の患者の場合は葉酸投与により症状が悪化するということを発見した。私の数千人の統合失調症患者における経験も、ファイファーの葉酸療法と同じである。しかし私は、葉酸が効果的なメチル化剤であるにもかかわらず、低メチル化状態の統合失調症患者や鬱病患者に対して逆効果を示す理由がわからなかった。過メチル化状態の患者は葉酸投与で状態が改善するが、メチル基不足の患者は不耐性を示した。1994年に、私はメチル基/葉酸の比率がメンタルヘルス匂いてとても重要であると結論付け、この驚くべき事実を神経科学学会で発表した。近年のエピジェネティック研究により、ようやくこの現象に説得力のある説明ができるようになってきた。幾つかの研究により、食事中の葉酸を減らすことで、ヒストン尾やDNAにおけるメチル化を増やせることが示された。バンデルビルト大学の生化学者は、葉酸がヒストンの脱メチル化を促すと報告した。アメリカ国立衛生研究所(NIH)の研究によると、葉酸受容体遺伝子の活性化によりヒストンのアセチル化が促進されることもわかった。すなわち、葉酸はトランスポーターの遺伝子発現を増やすことでドーパミンとセロトニンの活性を低下させるのである。葉酸とメチル基は神経伝達において逆の作用を示すのである。葉酸はセロトニンの再取り込み促進剤である一方、メチオニンとSAMeはセロトニン再取り込み阻害剤である。葉酸を低メチル状態の鬱病患者に与えると、メチル化状態(SAMe)が身体や脳全体で改善するが、神経伝達物質活性を制御するキーとなるヒストンやCpGアイランドではメチル化状態が低下するのである。

葉酸サプリメントは、DNA鎖のどの部分が関与するかにより、ヒストン尾やCpGアイランドにおけるメチル化状態を増やしたり減らしたりする。メンタルヘルスを考慮すると、葉酸サプリメントは低メチル状態の患者には投与すべきでなく、高メチル状態の患者のみで使用すべきである。

 

ビタミンB3(ナイアシン)

何年もの間、アブラム・ホッファーは統合失調症患者の治療においてナイアシン(ビタミンB3)を支持してきた。のちに、カール・ファイファーは、ナイアシンは血中ヒスタミン濃度が低い患者には有効性が高いが、その他の患者には効果が弱いと報告した。1990年代の前半には、私は、高ドーパミン血症の患者に対するナイアシン療法に際して、ナイアシンの代わりに、ナイアシンの体内における活性型であるナイアシンアミドを利用できることを発見した。その理由は何年も不明であったが、近年やっとエピジェネティクスによりナイアシンの作用機序が明らかになった。ナイアシンアミドは、ヒストンからアセチル基を除去してメチル化を促進するタンパク質の一種、サーチュインを阻害するのである。このメカニズムの結果、ビタミンB3(ナイアシン、またはナイアシンアミド)の摂取量を増やすことでトランスポーターの遺伝子発現が亢進し、ドーパミン活性が低下するのである。これはドーパミン活性が亢進している偏執症性統合失調症の患者の治療のために有用な見地である。

Willam Walsh著 Nutrient Power(ニュートリエント・パワー)Cahpter 3-4
翻訳監修:宮澤医院 宮澤賢史