解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ ムーア/ 矢野 真千子 (翻訳)

 

 

 

 

 

 

 

 

解剖医 ジョン・ハンターの奇数な生涯近代外科医学の父と呼ばれたジョン・ハンターの物語です。

ジョン・ハンターは、ドリトル先生(ホント?)やジキルとハイドのモデルになった人物としても有名で、天然痘ワクチンの開発者ジェンナーの師匠にあたる人物です。

彼の天才・奇人ぶりは医学分野を飛び超え、解剖のために墓場から腐乱した死体を盗むことは日常茶飯事で、珍しい生き物の標本蒐集に財産をつぎ込み夜明けから朝方まで解剖に熱中!

こうしたエピソードは凡人にとっては到底理解しがたくも、まさに、「紙一重」の無しえる技のオンパレードは圧巻の一言です。

表紙に描かれている出産直前の妊婦と胎児の絵は衝撃的とも悪趣味とも捉えられるが、内容もそれに勝るとも劣らない過激さ満載の一冊に仕上がっています。

スコットランド出身の田舎者だったジョン・ハンターは、助産婦(産婦人科)を目指していた10歳上の兄を頼ってロンドンへ遠路はるばるやって来て、兄が開講した解剖学校の講師を務めるべく、見習いからの立場から解剖の腕前をめきめきと上達させていきます。

時代はジョージ3世の統治下にあった18世紀。

キリスト教による神の創造が絶対的な信条だったこの時代、ジョン・ハンターは数えきれない程の解剖を通じ、人間の身体の仕組みや生物の進化、発達過程、健康・病気の状態を科学的な観点から捉えていた稀有な医師でした。

医学に対する彼のひたむきさは、野蛮とも思える程の狂気に発展。
解剖材料(死体)を得る為に絞首刑者の遺体を奪い合い、墓場を掘り起し、果ては葬儀業者を買収して死んだばかりの新鮮な遺体を手に入れるまでになります。

解剖で手に入れた臓器や珍しい病気、奇形はどんどんと標本にして、彼の膨大なコレクションに加えられていったのです…

ヒトの死体のみならず、異国の地から珍しい生き物がやってたと聞けば、いちもくさんに飛んで行き、ライオンや麒麟、水牛やアザラシに至るまで、欲しいと思うものは、いかなる手を使ってでも手に入れたジョン・ジョンハンター。

ダーウィンが 「種の起源」 を唱える70年も前に、ジョン・ハンターは進化論を考え出していたのだからその先見性には驚くばかりです。

ジョン・ハンターが外科医(解剖医)として生きた時代のロンドンは、著名な画家、ウィリアム・ホーガスが描いたように、
貧困、売春、アル中、腐敗、不潔がめいっぱいに詰めこまれた混沌としたご時世。

ウィリアム・ホーガス 「ジン横丁」
gin lane

医学の分野はと言うと、威厳前5世紀の古代ギリシャに生きた医学の父ヒポクラテスが唱えた「あらゆる病は、血液、粘膜、黒胆汁、黄胆汁の4つの液体の不均衡によって起こる」という教えにしがみつく旧態依然のままでした。

本書によると、医師(主に内科医)は、患者から簡単な問診を行うのみで、不調を訴えている部位を調べる事はなかったそう。

毒薬を服用したり、瀉血をしたり、火であぶったりと…とぞっとするような医療行為が堂々と行われていました。
人体を切ったり、血管を切開するのは、不浄な仕事であると見なされたため、専ら外科医や床屋に委ねられたとのこと。

そんな時代に生きたジョン・ハンターが、英国王立協会の外科医として、地位を確立し、その中に認められた後も、病的なまでに人間・動物の解剖実験に明け暮れた日々を綴ったのがこの本です。

気違いとも思える彼の行動には驚くばかりだが、自分の性器に性病をうつして病理観察したり、原因と結果を論理的に研究したり、何事も自分の頭で考えて行動するよう研修医たちに指導した姿は、同時の医師としては極めて前衛的な取り組みであったでしょう。

ジョン・ハンターのエピソードを更に引き立てているのは周囲の登場人物。

ジョン・ハンターの一番弟子であった、エドワード・ジェンナーは、天然痘ワクチンを開発した人物です。

エドワード・ジェンナー
画像の説明

 

そして、前述した、画家ウィリアム・ホーガスは、この時代を代表する風刺画の達人。

アダム・スミスとも交流があり、かの偉大なる画家であるジョシュア・レイノルズには肖像画まで依頼しているとは彼の交友関係の広さや色々な意味での人徳があったからこそ(?)

ジョシュア・レイノルズの作品
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晩年のジョン・ハンターの講義受講者には、パーキンソン病を発見した、ジェームズ・パーキンソンも名簿に名を連ねていたというナイフマンが生涯に渡り蒐集したコレクションは、ハンテリアン博物館で閲覧することができます。Hunterian Museum(公式サイト)

面白くて読み始めたら止まらない一冊!一読に値する本としてお勧めします!