こんにちは。

皆さんは、レオ・レオニという作家を知っていますか?

レオは、オランダ アムステルダムに生まれ、
イタリアに移住しながらデザインで生計を立てたのち、
アメリカに渡って子供向けの絵本作家としてデビューしました。

子育て経験のある方は、本屋さんで彼の本を手にしたことがあるかもしれません。

カラフルで鮮やかな色使いはとても印象的です。

彼の作品の中で「ペツェッティーノ」という一冊があります。

副題は、じぶんをみつけたぶぶんひんのはなし



表紙に描かれているオレンジ色の小さい物体がペツェッティーノです。

画像の説明



ペツェッティーノとは、
イタリア語で「小さい断片」や「部分品(ぶぶんひん)」を意味します。

英語で言うと little piece。



ペツェッティーノは、自分のことを
ちっぽけで取るに足らない存在だとずっと思って生きていました。



ひとりでは何もできず
小柄で頼りなく
特技や才能も持っていません



ある日、ペツェッティーノは気が付きます。
周りには沢山の「立派」なものたちがいることを。



走るもの、強いもの、泳ぐものたち。

みんな、自分にはないものを持っていました。
みんな、自分ができないことができました。

だからペツェッティーノは考えます。

「自分は誰かのぶぶんひんの一つに違いない」



ペツェッティーノは走るもの、強いもの、泳ぐものたちに問いかけます。

「僕はあなたの一部ですか」



しかし、誰もがみな、ペツェッティーノは自分のぶぶんひんではないと言います。



途方に暮れたペツェッティーノは
小さな船に乗って海へと漕ぎ出します。

そこに行けば自分がなにであるかが分かると信じたからです。



島に降り立ったとき
ペツェッティーノは足を滑らせて転がり落ちてしまいます。



ペツェッティーノのからだは
沢山のぶぶんひんやかけらになって地面に転がっていました。



ペツェッティーノはついに答えを見つけます。



自分は誰かの一部ではなかった。

自分はいろんなぶぶんひんからできている。

自分は自分だ。



児童絵本でありながら、レオの言葉には深い意味が込められています。



レオのことばを完璧に理解し
限界まで無駄なことばをそぎ落とした谷川俊太郎の翻訳も秀逸です。



大人が読んでも琴線に触れる絵本です。

むしろ、大人になったからこそ手に取って読みたい本です。



素朴ながら、強く印象に残る可愛らしい絵は見る人を惹きつけます。

何度読んでも涙が出そうになります。



自分というものが何であるかを認識するのは難しいです。

自分というものを明確な言葉で表すことも難しいです。

自分というものは遺伝子検査の無味乾燥なデータで語ることはできません。



私たちは誰かの一部であることで依存心や執着心を満たし
社会の一部であることで安心感や承認欲求を覚えます。



でも自分はぶぶんひんではなく
生きている時点で既に何かの集合体です。



他の人にはない色や形、部分品を持っているし
これはみんなそれぞれ違います。



社会生活を営むにおいて、他者との関わり合いや協調性をもち
ルールを守って生活することは大切ですが
自分をぶぶんひんとして、無理やり大きな組織に押し込める必要はないのです。



じぶんだけのいろ – いろいろさがしたカメレオンのはなしも心に刻まれるお話です。

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