ベン・リンチ博士 自己紹介

私の人となりについて皆さまに知って頂きたく、ここでは少しプライベートな話題にも触れながら自己紹介させて下さい。

この歳になると色々と人生経験しているつもりなんですが、全部話すと込み入った長時間の話になってしまうので、主要なイベントに絞っていくつかお話させて頂きたいと思います。

典型的な医師やつまらない男としてではなく、ベン・リンチは色んな経歴を持つ、血の通った、人間味ある人物であることを知って貰えれば皆さまにとってより身近な存在に感じられると思います。

外国人講師ですのでちょっと距離があるように感じられるかもしれませんが、
人間として、医師として、父親として、男性として共感して頂ける部分は沢山あるはずです!
私が運営するウェブサイトでも様々な情報発信を試みていますが、肝心なのはベン・リンチに関して詳しく知ろうとするのではなく、私が最終的にどのようにして貴方自身やご家族・ご友人の病気を治すお手伝いができるかを知って頂くことが最も重要なのです。
人生経験というものは人を変えます。
というよりも、人生経験が人をつくると言った方が良いのでしょうか。

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牧場
にやってきたカウボーイ

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タスマニア マリア島国立公園にて

略歴
・1974年 オレゴン州、ポートランドにて生まれる。
・1986年 セントラルオレゴンに引っ越す。
オレゴン州のプラインビルにある約40万平方メートルもの放牧場で幼少期を過ごす。

日本人の方には馴染みな無いかと思いますが、プラインビルと言えば、2つのことで有名です。

1.オレゴン州で未成年の妊娠率が最も高い市
(現在もその悪名高いレコードが打ち破られていないかは不明です。)

2.Les Schwab Tire (レス・シュワッブ)というタイヤメーカーの本拠地です
放牧場という自然豊かな生活環境の元で多感な子供時代を過ごしましたので、そこから非常に多くのことを学びました。

家業の手伝いや勉強も一生懸命しなくちゃいけませんでしたし、何とか自分でモチベーションを保つことで目標を持ちながら頑張ってきました。
自然や生き物にも興味を持ち始めたのもこの頃で、あらゆる生命体の観察にも夢中になりました。

1992年 オレゴン州、サンリバー市にあるサンリバー私立高校を首席で卒業。

1994年 身長が196cmに到達!(この時点で身長の伸びがついにストップ…)

1992~1995年 ワシントン大学のハスキーボートチームの一員として活躍。
膝に深刻な負傷を抱えるも、自分で根本的原因を追究することで2年で怪我を克服。

1995~1996年 大学の講義や部活トレーニングで忙しくとも「きちんとした学生生活」を送る(?)
この頃バックパック旅行にはまる。
魅力に憑りつかれてメチャクチャ色んな国を訪れました!

1年間ワシントン大学を休学し、南大西洋や南東アジアの至る所をバックバッカーとして旅する。

インドで重い病気にかかった時にアーユルヴェーダを初めて知りました。
このことがきっかけで、のちにバスタ大学で自然療法を学ぶことになり、今の私の原点とも言える治療法に巡り合えたわけです。

一年間のバックパッキング旅行のハイライトは多数ありますが、最も印象に残っていることは…
1.カルカッタのプレムダンで働き、マザーテレサに出会ったこと!

2.オーストラリアのダーウィンからインドネシアのアンボンまでヨットレースに参加したこと。
宿直中に白い嵐に巻き込まれ70年代に造船されたヨットのマストの先端が、海の波に掠めるというアンビリーバブルな経験をしました。

3.オーストラリアのロデオ(カウボーイが荒馬乗りや投げなわの腕を競う見せ物)にも挑戦したことがありますが、
実はこれは「ネクタイを着用した者だけが参加が許される」イベントで、ネクタイ購入のために最後の所持金である10ドルを費やしてしまったのです。

所持金全てを失って途方に暮れていたのですが、このロデオの祭典とも言うべきイベントには、
広大な敷地を所有する牧場管理者が全員集っていて、運よくアルバイトにありつけることができました。

偶然の事なのですが、オーストラリア最大の牧場の1つであるブルネット•ダウンズの牧場経営者の奥様の隣に座っていたので、とんとん拍子に話が進んだんです。私ってラッキー!

4.オーストラリアの奥地にある別の地域では、アウストラルドウンズの607平方キロメートルの大牧場で、見習い(カウボーイ)としてひと月働いたのも思い出深い出来事です。
私は「アメリカ」というニックネームで呼ばれていたんですが、毎日過酷な重労働をこなしながらも、ロマンに満ちたハードライフを満喫していました。
一日中馬を乗り回しながら7人の素晴らしい仲間たちとオーストラリア奥地にある砂漠のど真ん中で、牛と格闘しながら泥まみれで仕事をするんですから、どんな生活だったか皆さまもきっと想像できると思います(笑)

5.フィジー諸島に位置する離島のソモソモで、フィジー人一家と生活を共にした事もあります。どんなに貧しい生活であっても、そしてどんなに辺境な地にいようとも、「幸せに暮らす」のは可能なんだと学びました。

6.タスマニアで1か月間ハイキングをした時には、14日間にわたる荒野の旅で食糧を切らして相当焦りました!

7.ニュージーランドのフィヨルドの中をカヤックで漕いでいる時なんかは、突然嵐に巻き込まれて九死に一生!?

8.マナリの北部への旅では、ヒラヤマの巨大さを身を以て体感。

9.このようなアドベンチャーからアメリカに帰国した時には、各国を巡って行くうちに集まっていった各地の貨幣が80セントずつポケットに残ったのみで、体重は73キロに激減、髪も伸び放題、病気がちで、その時も疥癬の治療と悪戦苦闘中でした。

1997年 ワシントン大学を卒業。細胞分子生物学で学位を取得。
国際ビジネス、獣医学入門、医学入門、造園と色々な分野も勉強しました。

1997年 飛行機から落下するパラシュートでレーニア山やベイカー山に登頂。

1997~ 2005 ワシントン州シアトルで高級住宅向けの造園施工会社を設立。
何となくこの業界が分かってきて、「徐々に飽きた」私は、チャレンジ精神を必要としていたので、結局は情熱の源泉であった医学の世界に戻ることを決意しました。
医学校に通うため、6桁の収入残高は確保しておいたんです。

1997年 冬シーズン真っ盛りの時に、西ヨーロッパを2ヶ月半で巡る旅行も決行しました。
クラコフ、アウシュヴィッツ•ビルケナウ…思い出すだけでも心躍る体験です。

1998年 同じ冬の時期に、今度は東ヨーロッパの至る所を2ヶ月半で旅しました。
旅のハイライトはロシア、ウクライナ、ルーマニアです。
エストニアのナルヴァで、私の将来の妻と運命的な出会いを果たしました。

2000年 この時も、真冬に2ヶ月間ロシアを訪れました。
田舎式邸宅である「ダーチャ」で、凍てつく国の冬を経験しました。

2001年 妻(ロシア人)と結婚

2002年 バスタ大学入学。
一学期も終わりを迎えようとしていた期末試験の真っただ中で長男のタスマン誕生。
相当な難産を経験したことで、生命の尊さ・生きることの真の意味を理解しました‐私も父親になったんです。

2005年 第二子であるマシューが誕生。

2005年:使われていなかった我が家の一室からHealthE製品の販売をスタート。
製品販売に至った背景には、将来、自分の患者さんのために「仮想診療」を提供したい想いがありました。「なぜ、限られた一部の人にしか利益を与えられないのか? 」と考え、医療サービスの拡大を目指し、健康に関する質問にも答えながら、ブログ発信などをしたりして、世界中にサプリメントや健康補助食品などを販売するようになったのです。

2006年 3度目のロシア訪問。
近くに大きな川が流れる2エーカーの土地で自給自足しながら、築100年の小屋で3家族が同じ屋根の下で暮らしました。
現代の生活から完全に遠ざかった場所で生活していると、地球上で正に自分がいるべき場所に立っているんだということに気づかされます。
生きるというのはこういう事を指すのかもしれません。
極めてシンプルなロシアの田舎暮らしに戻ってもその質素な生活が楽しめたので、仮に150年前の時代に生きていたとしても、私にはこうしたスタイルが元来肌に合っているのかも…と痛感します。

2007年 バスタ大学を卒業。自然療法士の博士号を取得。

2007年 4度目のロシア訪問。 夏期に3ヶ月程滞在。
釣りをしたり、畑を耕したり、息子たちと遊んで、自然な生活を謳歌。

2008年 第三子となるテオドールが誕生。

2009年 5度目のロシア訪問。今回の旅では胸に深く刻まれる出来事を経験。
妻の祖母が92歳でこの世を去ったのですが、遠く離れたロシアの地で、愛する人の死に向き合い、弔い・埋葬といった死者を悼む行事において、ロシアの人々が伝統をどのように継承しているのか目の当りにしたのです。
“心から愛した人に対してさよならを言う”正に人間的で尊敬に値する供養です。
全ては家族や近親者によってぬかりなく、そして美しく執り行われました。

2010年 HealthE Goods, Inc.がアメリカで最も急速に成長する500社の1つとして選出される。

2010年 同社にてオリジナル製品であるSeeking Health シリーズの取扱いも開始

2011年 より専門的な健康関連の情報に対するニーズが高まっていることを認識すると同時に
健康管理に対するアメリカの社会システムの崩壊は、数えきれない人々に害をもたらしていることを痛感。
各種サイトを通じた情報発信や啓蒙活動などを積極的にこなす日々を送りながら今日に至る。
ざっと、こんな感じでしょうか?

11月2・3日に東京で開催されるメチレーションセミナーで皆さまにお会いできるのを楽しみにしています。

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デスク付き歩行マシーンで仕事中!

ベン・リンチ家のプライベート写真はこちら
https://www.flickr.com/photos/drbenlynch/